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Hanako (2004年3月号)


吉祥寺のイメージを確立したのは店作りが好きな1人の天才である

吉祥寺が単なる郊外ターミナルから「個性的な店が多い魅カ的な町」へと進化したのは、きっと野口伊織さんがいたからだ。1960年にジャス喫茶『Funky』を作ったときは、なんとまだ高校生。大学卒業後の'66年から斬新な店作りを開始するが、『金の猿』のようなヨ蝿寺のネーミングと時代を読む勘は天才的。野口さんの店が次々に話題となり、吉祥寺に人を呼び寄せる。そんな幸せな時代を駆け抜けて、'O1年に突然この世を去った。生涯に手がけた店は30軒近く。吉祥寺に来たことがある人なら、必ずや彼の店のどこかでなごんでいるはず。



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