Top  | 館長より皆様へ  | 野口伊織について  | 野口伊織の作品  | 野口伊織 on マスメディア  | 写真アルバム  | 追悼文集


東京生活 (2004年6月号)
『吉祥寺を作った男 野口伊織伝説』


時代を席巻したジャズ喫茶ブーム

約40年前、吉祥寺がいまだごちゃごちゃしていた時代。野口は吉祥寺にやってきた。「ゴミゴミしていて田舎臭い町」が最初の感想。住み慣れてくると、井の頭公園の自然、路地裏のざっくばらんな雑貨屋など、さまざまな要素と、正直で色々な可能性を持ったこの町が好きになった。「ジャズ喫茶・ファンキー」は、当時野口が好きだったジャズを、音響の良い大スビーカー「バラゴン」で流す喫茶として開店。まだ音響設備が高価で一般家庭に普及していなかった時代。私語厳禁でジャズを良い音で聞く姿勢を重視したこのスタイルが若者達の心を捉え、噂が噂を呼び、瞬く間に有名に。全国に広がったジャズ喫茶ブームの火付け役となった。
このヒットを皮切りに、野口は、好きにな町、吉祥寺に名店を続々と出店していく。

時代の先端を捉えた店が“町”を“街”に変えた

野口が作った店は生涯で30以上。居酒屋、ケーキ店、ジャズバー、レストランと種類はバラバラ。「同じ店を作ってもつまらない」それが野口のスタイル。時代の二ーズをかぎ分け、経営に生かす手法で客を集めた。
吉祥寺は、客の反応が素早く、競争が激しい上、即座に真似される。新しくかつ面白い店を作るのに格好の町だ。食の空間作りにのめりこみ、音楽・光・色・デザインのセンスをっぎ込みながら、一風変わった店を送り出していった。
そして野口の店が評判になるとともに、吉祥寺はさまざまな人がより訪れるようになり、町から街へと発展していったのだった。 野口の店のほとんどの入口は駅を向き、客を待っている。「吉祥寺を楽しむためにやってくる人のエネルギーを吸収し、活気ある店にしていく」という姿勢を、今もかいま見ることができる。



Mail  |  Link
COPYRIGHT © 2001-2008 MUGI CO., LTD. ALL RIGHTS RESERVED.