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店舗と建築 (1979年6月号)
  
吉祥寺、ジャズ喫茶、福井英晴氏のこと

吉祥寺のこと
ものごころついてから、はじめて吉祥寺という駅に降りたのは、今から20年以上も前のことだろうか。井の頭公園、武蔵野といった詩情あふれる土地のイメージを勝手に作りあげていたオレは、駅周辺のあまりの汚さにしばしボウ然としたことを覚えている。
ところが勝手なもので、住めばミヤコ。今では吉祥寺以外は街じゃない、てなぐらいに気に入ってしまった。生娘の恥じらいと、中年女のズウズウしさ。文教地区に代表されるジキル性と、ピンク・キャバレー街に代表されるハイド性。人間のタテマエ、ホンネ、矛盾、全てを包括した奇々怪々の街なのである。街づくりを見ても、南口には広大な井の頭公園、それも駅のすぐソバですゾ!北口にも大きな寺が繁華街に三つも隣接している。それらのわずかな間隙をぬって、商店がワーッとひしめきあっているのだ。六本木や原宿のように、ファッショナブルで気取った一面があるかと思うと、サンダル履きのお母さんが、買物カゴ片手に、子供の手を引いている。パチンコ屋やキャバレーも共存し、大きなデパートがいくつかあるかと思うと、手づくり風の小物等を売っている商店も多い。高級クラブ街のすぐ側には赤提灯の一パイ飲屋が軒を並べている。こんな具合で、一口に吉祥寺はどんな街なのかと、人に聞かれても、非常に返答に困るのである。
オレは生来がズボラ、面倒くさがり屋で、常に楽をして人生を過ごしたい。それも自分のやりたいことをやって生活の糧としたいと、非常に虫の良い信条を持っている。吉祥寺から出て、他の地区に店を出すのは面倒くさい。管理するのも骨がおれるに違いない。ある意味ではヒットした一つの店のパターンを、別の地区に持って行って、店名も勿論同じ、チェーン化したものを出店すれば安全ともいえるだろう。それでもそれと管理の安易さと比較すればどちらが良いとも言い難い。同じパターンの店をいくら出しても営業的な満足感はあるが、店づくりのスリルは絶対あじわえないだろう。
オレは店を出す時、アレコレと考えてはみるのだが、やはり、どうしても愛着のある、吉祥寺の物件に食指が動いてしまうのだ。長い間住んでいると街の隅から隅まで知りつくしているし、意外とおもしろい物件を手に入れることも可能だ。ズボラさだけでなく、臆病さも手伝って吉祥寺に執着しているのかも知れない。

ジャズ喫茶のこと

オレにとってジャズは最高の音楽だ。ジャズ以外はあまり聴く気がしない。ただしジャズといっても、音楽の中での広いジャンルを自分勝手にジャズと呼んでいる。クロスオーバー・ミュージックも、ある範囲のロックもジャズ的な雰囲気で聴いてしまう。ジャズ、それもある時代のジャズだけに凝りかたまった人たちに言わせれば、破廉恥かもしれないが、ジャズとはファッション性があるからジャズなのである。常に世につれて揺れ動いて行くのがジャズであって、あるスタイルに固定してしまったなら、その時はもうジャズの本質的な意味での魅力を失ってしまうだろう。
ニューオリンズジャズ、ベニー・グッドマン、グレン・ミラーに代表されるスウィングジャズ、チャーリー・パーカー一族のビーバップ、ジェリーマリガン、チェット・ベイカー等のウエストコーストジャズ、アート・ブレーキーが一世を風靡したファンキーブーム、マイルス・デビスのモード、それを展開していったジョン・コルトレーン、現代のクロスオーバーへとジャズ自体がどんどん変化してきた。その変化にシンクロできない人びとはそれで良い。その時代にジャズだった、古いフォームを好きで聴いているのだから。現にオレの店でもノスタルジックな雰囲気をかもし出す演出手段として、古いジャズを流している場合もあるのだ。とにかく、オレにはジャズという音楽が常に根底にある。ジャズから、生活自体がぬけ出られない状態で、店の展開もやはりジャズの持つファッション性を反映させているつもりだ。
同じ吉祥寺の範囲での店の展開はむずかしい。それも常にジャズという音楽の影響を受けた店ばかりなのだから尚更だ。インテリアも極力異なった雰囲気にしなければならない。店ごとに名前を変えなければオリジナリティーが演出しにくい。せめてそういう努力をしなければ、お互いの店の足を引っ張り合いしてしまうことになるのは明白ではないか。とにかく、同地域に店舗を展開していくことのむずかしさは身にしみてわかっているつもりだ。今後でも慎重の上に慎重を期さねば、とんでもないことになってしまうだろう。
日本独特の飲食店営業の一つにジャズ鑑賞喫茶店というのがある。この形態をよく知らない人のために説明しておくが、ジャズレコードのコレクションに力を入れ、それらのレコードを、できるだけ良い音でお客に鑑賞させる喫茶店である。このジャズ喫茶は一昔前のロカビリー全盛時、「アシベ」とかその他の、いわゆるよくマスコミが取り上げたジャズ喫茶とは全く異質のものであるから、念のため。とにかく、日本人の国民性からなのか、世界狭しといえどもレコード鑑賞を目的とした喫茶店など、日本以外に一軒も存在しないのだ。
ジャズ喫茶のインテリアは大体において近似している例が多い。大きなスピーカーシステムをデーンと置いてある。室内は暗く、黒かまたはそれに近いトーンで統一。窓は無くて穴蔵のイメージ。このパターンを考察してみればわかるように、非常に閉鎖的な空間が一般的といえる。スピーカーの音量を大きくする必要からも防音のために必然的にそうなってしまうのだろう。
わが数軒の店の中で、ベースとなった店は「ファンキー」である。「ファンキー」はその典型的なジャズ喫茶であり、20年の伝統を持つ老舗でもある。ジャズ・ファンの中ではかなり知られた存在ではあるのだが、最近の営業成績は芳しくなく、特にこの2、3年は横バイか低下しているくらいに落ちこんでいた。ある時期のジャズが持つ閉鎖性と、空間の閉鎖性。それらがお客に年々ブレーキをかけるようになってしまったのではないか。呑気なことを言うようだが、日本人がかえってだんだん自然の姿に近くなってきたのではないか、諸外国の人びとのように、おおらかで開放的な国民性になってきたのではないか。そういう原因であったら、閉鎖的な雰囲気をもつジャズ鑑賞店の経営が苦しくなってもしごく当たり前の結果なのである。

ジャズ喫茶経営のこと

吉祥寺にジャズ喫茶店の店主が10人くらい居るが、勿論、お互いに憎らしいライバル同士であるから、道端で顔を合わせても挨拶なぞするわけがない。むしろ、すれ違う時はなるべく顔が合わないように、お互いにソッポを向くようにしている。しかしこのジャズ鑑賞店の営業的危機は、われわれの浅はかなライバル意識を一変させた。特にいがみあっていた「メグ」のオーナーT氏と、「A&F」のO氏、それにオレは講和を申し入れ、高度の政治判断により、頻繁に顔を合わせて、お互いの局面危機を打開すべく団結せねばならなかったのだ。この時期にライバルとかなんとか言ってはいられない。背に腹は変えられないのだ。少しでもお互いのアイディアを出しあって営業に役立てて、成績を向上させなければならない。吉祥寺全体のジャズ関係の店をイメージ・アップし、地域的なジャズマニアの増加をはからねば足の引っ張りあいになってしまうのは必定だ。とにもかくにも、ジャズ鑑賞店の営業的危機から連帯意識が芽生え、吉祥寺のジャズ喫茶店ほとんどの共同広告をジャズ専門誌に掲載した。この成果は、やはりジャズ喫茶経営の危機感なしには生まれ得なかったに違いない。
話が戻るが、ジャズ鑑賞店の営業が落ち込んだのは閉鎖性であると言った。原因が閉鎖性にあるのだとすれば、逆に開放的にすれば良いじゃないか。事実、ジャズ関係の店でも、営業内容が極端に悪くなっているのは、一部の例外を除き、より音楽観賞性の高い喫茶店にその現象が見られるのだ。ジャズをバック・グラウンド的に聴かせている店は内容が良い店が多い。鑑賞店の場合は客同士の会話まで、禁止している店がほとんどだから、今の若者に閉鎖性を強要しても無理が生じるのはしかたがないだろう。ジャズ鑑賞店は音楽を聴けとばかりに店が主体性を握っていた。バックグラウンド・ジャズ喫茶は、それに反して客に主体性を持たせて、味つけをジャズ・フィーリングでしていると見て良いだろう。
わが店で現在一番観賞性の高い店は「アウトバック」とロックの「赤毛とソバカス」だ。不思議なことに、この2店は観賞性が高いにも拘わらず、結構、好成績を上げている。特にジャズの「アウトバック」は全国のジャズ鑑賞店の低調ぶりに比して、かなりのものなのだ。「アウトバック」のポリシーは、常に揺れ動くジャズに小判ザメのごとく、ぴったりと密着していくことである。無節操だと笑わば笑え、「アウトバック」誕生の5年前からこの方針は変わっていない。現在はジャズ系クロスオーバー・ミュージックを主力としてかけている。スピーカーもそれに一番マッチしているユニットを選び、チューニングもクロスオーバーの迫力、録音の良さを生かすよう努力している。その辺が今のジャズファン層にもソッポを向かれていない一因があるのかもしれない。老舗「ファンキー」の低調ぶりと比較しても「アウトバック」の躍進ぶりは頼もしいばかりなのだ。

内装のこと

飲食店、ことにわれわれのパブ、喫茶店関係の営業方法は人によって大きく異なっている。立地が一番重要なファクターを占めているのは万人が認めることで、これを誤ったら何をやっても焼石に水、それぞれの業種に最適な場所を選ぶことは今でも経営のイロハだ。意見の分かれてくるのはこの後で、サービスに重点を置く人、食物の味に気を使う人、内装を重要視する人、とさまざまだ。この三つが全部揃っていれば文句なしに最高だが、現実はそうもいかない。どれかひとつくらいが欠けている例がほとんどで、オレなんかは二つも欠けていると人によく言われる。いやむしろオレは内装こそがコーヒーや酒を飲む空間の居住性を左右する要因で、その他は付随的なものだと信じて疑わない。いきおいそれだけ出店する時の内装には力が入ってしまう。必ずその店に何らかの内装的にユニークなアイディアを盛りこみ、それを店の特徴とするよう心がけている。アイディアはそこら中にころがっているのだ。映画でもマンガでも、週刊誌、コマーシャル、日常生活、目で見る物、聴くもの全てだ。そんなものに触発されてうかんだアイディアは、どんどん店のテーマに加えてしまおう。おもしろいアイディアなら、なりふり構わず、どんどん吸収してしまうのだ。しかしなりふり構わずとは言っても、他店の露骨で無能なコピーは頂けない。表面的なコピーより、もっと本質をコピーし、自分なりに昇華して、オリジナリティー溢れる店にしたいものだ。
オレがはじめてジャズ鑑賞店から脱出したのは「西洋乞食」である。以前はカレーライス屋であったインテリアを、厨房だけ壊し、アプローチ、休憩室等、ごく部分的に改修した。前の物をできるだけそのままにしておき、それに新たな別の要素をつけ加える。既存のインテリアと、新たなインテリアのアンバランスな感覚をねらってみたのだ。イスも家具もテンデン、バラバラ。宝箱のテーブルにスピーカーのテーブル。ブランコのイスと石造りのイス、これでもかと徹底的にアンティック・ムードのアンバランスさでせまった。内装費は、今から5年くらい前であるが、なんと坪あたり10万円也。もっとも装飾、イス・テーブルなどのアンティックに坪15万くらいはかかっているが、この安さは前のインテリアを最大限利用できたためで、なかなかうまくやったとホクソ笑んだものだ。「西洋乞食」の店名は今でこそ、ケッコウ評判になっているが、当時は賛否両論、身内、友人の間でケンケンガクガクの論議をした。まず年輩者のほとんどはマユをしかめて大反対。それに反してアンケートをとると、若い女性の間ではえらく評判が良いのだ。吉祥寺はやはり若者指向、特に女性客が欲しかったのだから、躊躇なく「西洋乞食」とやってしまった。開店してから2ヶ月くらいで客も増え、予想以上の反響があったのだから、このハレンチな作戦もまずまずのアイディアだったと言って良いだろう。

福井英晴氏との出会いのこと

「西洋乞食」を出店してしばらく経って、前々から暖めていたアイディアを具現すべく30坪くらいの地下を手に入れた。以前に渡米したシカゴの街並みが忘れられず、その街並みをなんとかインテリアに導入できないだろうかと策を練ったのだ。素材はコンクリート打ちっ放し、それに鉄骨と本物のレンガを組み合わせる。それらの冷たさをやはりアンティックな材料で中和して暖かみを出す。それがオレの基本的なアイディアだった。
オレは設計家ではないから図面が引けるわけではない。マンガのような絵で本工事に突入してしまったのだ。しかしできたてのビル、しかも勿論鉄筋コンクリートの堅固な建物では寸法等の妥協は一切許されない。工事業者が不完全な図面、しかも絵のような図面で現場合わせでは工期がいくらあっても足りないと不満を言い出した。この工事業者の社長弓田氏が、妥協案として、彼の親しい設計家を紹介してくれると言うのだ。もう工事に入ってしまったのだから、おくればせではあるが、今さら設計家が嫌だとか何とか言っていられない。どうせ自己主張の強いオレとぶつかるだろうが、やむなく承諾するハメになった。もっとも30坪くらいの内装で素人設計では工事ができないのは当たり前の話だったのだろう。
しかし事態は一転、あまり期待していなかったその設計家のポリシーとオレのとがぴったり一致した。この出会いは単純なオレにとってしごく感激的で、この店の完成が“ますます面白くなりそー”と言った情況が生まれてきたのだ。その設計家・福井英晴氏とオレとの対決がはじまる。ムムッ、コヤツ、できるな!観念的な人が多い設計家の中で異色に人間的な素晴らしい発想をする。オレの言うワガママをほとんど聴いているフリをして、実は自分のやりたいことをやってしまう。ゆずらないところは頑としてゆずらない。しかしその頑固さを表面に出さず、オレが納得するまで辛抱強く説得し、うまく丸め込まれてしまうのだ。
当初から練っていた吉祥寺での初のジャズ専門ライブハウス。グランドピアノを部屋の真ん中に配置した期待のピアノホール「サムタイム」が苦闘1ヶ月で出来上がった。出来映えはサイコー。オレが思ったよりは2倍の素晴らしさだ!やはり福井氏に頼んで良かった。オレだけではこうはいかない。やはり仕事の切れるヤツはクセ者に限る。「サムタイム」の営業成績も2倍のできだ。営業人にとって、インテリアと成績が両立したら、こんな満足感は無い。
人間の出会いは素晴らしい。施工の親分弓田氏、設計の福井氏ありがとう。3人で協力、いや対決しながらの店づくり、これからもこのパターンで吉祥寺にユニークな店を作っていこうじゃないか。


   
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